出版界のテロリスト

向原 祥隆 社長

創始者のコメント:
 日本の出版活動は、ずっと東京を中心に行われてきた。その一極集中度は、他産業の比ではない。90%以上を東京が 占めているだろうか。勢い、津々浦々、どんな田舎に至るまで、全国の書店に流通する本はほとんどが東京発のもの となってきた。
 もちろん、東京の書店に『鹿児島のおいしい湧き水』だの『薩摩民衆支配の構造』などといった本が置かれていても、 誰も手にとらないのは分かりきっている。せいぜい、県出身者の関心を引くくらいが関の山だろう。
 ところが今、この『鹿児島のおいしい湧き水』や『薩摩民衆支配の構造』などの本が、ひとたび鹿児島の書店に並べ られたとき、俄然光り輝く本になるのである。東京発のベストセラー本よりはるかに大きな影響を読者に与えたりする。 場合によっては、地域の政策に影響を与えることだってある。こうした状況を見ると、それぞれの地域に根ざすごく 少数の出版社が各地にあるが、その存在が、実は大きな可能性を持つのではないかという気がしてくる。

 1990年あたりを境に近代の絶頂期を過ぎ、人々の意識は確かに変わってきた。農村から人を集め膨張を続けた東京の 一方で、農村部の過疎は進み、全国的な汚染と破壊は、眼を覆うところまで行ってしまった。人は道を踏み間違えた とき、確かなところまで後戻りしなければならない。だとすれば、私たちの社会も、地域からもう一度作り直さねば ならない段階に来ているのではないだろうか。限られた地域テーマを扱った本が支持される現状は、人々が自ら暮らす 地域に関心を大きくシフトしてきたことを示している。

 東京以外に拠点を置く出版社は、「地方出版社」と呼ばれる。東京以外の地域をまとめて一くくりにする、「地方」 という言葉はどうもしっくりこない。北海道や東北と鹿児島が違うのは当然としても、同じ九州でも福岡と鹿児島は かなり違う。大和朝廷の前線基地であった大宰府を抱える福岡と、大宰府から派遣された軍隊に抗戦した鹿児島である。 こうした歴史的な背景はもとより、言語、習俗、自然の条件もまるで違うし、その地で人が生きていくために長い間 受け継がれてきた暮らしの知恵も違う。地域はそれぞれの顔を持っているのである。もっと言えば、私たちはここで 暮らし、ずっとここで暮らしていく。私たちにとって、鹿児島と他の地域とは決定的に違うのである。


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